フリーゲーム制作サイト。

   トップ   インデックス   ゲーム   過去の日記   メール   リンク

 窓の外を見ると、しんしんと雪が降り積もっている。
 町は一面銀世界で、家の中に居る時さえも、息が白くなる。今日は2月14日。冬真っ盛りだ。
 私はリサ達と出会ってから、はじめて雪の楽しさを知った。今までは家の中から見るだけの景色だったけれど、外を駆け回って、雪だるまを作って、雪合戦をして……。楽しい思い出が、たくさん出来ていく。思い出すだけで、幸せな気分になるのだ。リサ達と出会うまでは知らなかった幸せが、毎日増えていく。

「ねえ、リサ。今日も、雪で遊ぼうよ!」

 部屋の隅で、なぜかコソコソとしながら、カバンの中の荷物を整理していたリサに私は声をかける。リサは私のほうを振り向いて、エリックのほうにも、チラっと視線を向けた。エリックは今日も変わらず、鏡に映る自分に見惚れている。
それを見て、リサは安心したように頷き、人差し指を立てて口元にあてながら、にんまりと笑ったあと、カレンダーに指をさした。意味がよく分からず、私は首をかしげていると、リサが私の手をとって、ドアのほうへと走り出す。

「エリックー! リサ達、ちょっと遊んでくるね!」
「うん? そうかい? 気を付けて行ってくるんだよ」
「はーい!」

 勢いよく走るリサの肩にはカバンの紐がかかっている。さきほど中身を整理していたカバンだ。なんだか重そうな荷物だけれど、何をするつもりなのだろう。よく分からないまま、リサに連れられて部屋を出て、走っていく。
 宿の出口には向かわず、廊下を突き進んで着いた先は宿の台所だった。リサはカバンを机の上に置いて、中からチョコレートを取り出す。そこで、ようやく私もピンときた。

「バレンタイン!」
「もう、ローザったら! やっと分かったの?」

 宿屋のオバさんには台所を使う許可は取ってるよ、と言いながら、リサはそこそこ慣れた手つきでお湯を沸かして、チョコレートを刻み始める。
 カバンの中には、小麦粉や砂糖、卵、バターも入っている。あと、マヨネーズ。……マヨネーズ?

「ねえ、なにを作るの? 私、料理したことないよ」
「ガトーショコラ! リサね、これなら、前にお母さんに習いながら作ったことがあるよ。だから、まかせて!」
「ええっ! リサ、料理できないかと思ってた。ねえ、どうすればいいの?」

 私はリサに作り方を聞きながら、手伝っていく。バターを溶かしたり、小麦粉をふるいにかけたり、必死に混ぜたり、つたない手つきながらも、少しずつ形になっていった。
 普段から剣一筋で、家事なんか嫌いだと公言しているリサが、お菓子作りが上手だったなんて、すごく意外だ。お母さんやお婆ちゃんは料理が上手だと聞いたことがあるし、家に居るときはお手伝いをしていたのかもしれない。私はリサに女子力で負けてしまったようで、ちょっと悔しい。

「普段は全然、料理しないんだけどね。バレンタインくらいは頑張ろうと思って」
「エリックのために練習したの?」
「……エ、エリックは、お父さんにチョコあげるついでだもん」

 私がニヤニヤしながら聞いたら、リサは顔を赤くしてそっぽを向いた。リサはお父さんが大好きだから、間違ったことは言っていないとは思うけれど、今回は間違いなく、エリックのために頑張っているのだ。だって、今日はリサのお父さんは居ないもの。
 リサは何だかんだ言いながら、本当はエリックの事が大好きだ。照れ隠しをしたって、どうせバレバレなんだから、素直になればいいのに。考えていたことが顔に出ていたのか、リサに脇腹を小突かれた。八つ当たりだ。

「むっ、リサったら! 勇者相手だからって容赦しないぞー! てい、ていっ、二倍返し!」
「ひぇえ! やったな!? だったら、必殺! 勇者チョップだ!」
「わぁ、勇者の必殺技を使うなんて卑怯だーっ!」

 ケーキをオーブンに入れてから暇な時間、しばらく、ふざけながら小突きあっていると、いい香りが漂ってくる。そろそろかとオーブンを覗き込むと同時に、タイマーがチンと音をたてて、ガトーショコラが焼きあがったことを知らせた。火傷しないように、そっとオーブンから取り出して、型から外して皿に乗せる。
 上から粉砂糖を振りかけると、とても美味しそうに出来上がった。お店で売っているものに比べると、ちょっといびつな膨らみかただけれど、とっても美味しそうだ。

「えへへ、きっとエリック、喜んでくれるよ。はやく持っていこう!」
「待って、ローザ。まだ仕上げが終わってないよ」

 リサが人差し指を立ててチッチッチッと横に振る。仕上げの粉砂糖は、もう振ったはずだ。あと何があるというのだろう。台所を見回して、そして、嫌な予感がした。そういえばリサは、カバンの中に、アレを入れていた。
 リサは重々しく頷いて、そっとアレを手に取った。そう、マヨネーズだ。

「待って、リサ。それはいけないわ。ガトーショコラにマヨネーズはマズいよ」
「でも、エリックだから……。仕方ないんだよ。私だって、本当はこんなことしたくない」
「だったらやめようよ! さすがにマヨネーズ好きのエリックだって、それは嫌だって!」
「いや、でも、エリックだから……」

 リサは悲しそうに首を横に振りながら、辛そうな顔をしてマヨネーズをケーキの上にデコレーションしていく。私がオロオロしているうちにも、どんどんマヨネーズの量が増えていく。思わず目を覆いたくなるような惨状だ。
 マヨネーズをケーキにデコレーションというよりは、ケーキがマヨネーズの土台のようになってしまうくらいに乗せたあと、リサは満足げに頷いて、輝くような笑みを見せた。見惚れてしまうような可愛らしい笑顔だけれど、この時ばかりは、悪魔のような笑みにも見えた。

「さあ、エリックのところに、持っていこう!」
「えええええっ」

 私には、もう、止めることが出来なかった。きっとエリックは、私たちが作ったものだったら、どんなものでも笑顔で食べてくれるだろう。そう、それこそ、凶器とも言えるレベルの不味いケーキであっても。
 ごめん、エリック、犠牲になって。私にはどうにもできなかったよ。私は顔が引きつるのを感じながら、リサと一緒に部屋へ戻る。部屋の扉を開くと、鏡を見ていたエリックがこちらを振り向き、驚いた顔をした。そうだよね、驚くよね。ほぼマヨネーズだもん……。

「勇者さま、ローザちゃん、それ……」
「バレインタインだからね! 義理チョコだけど、あげる!」
「あはは……」

 リサの素直じゃないセリフにツッコミを入れる気力もなかった。私は苦笑いでごまかすしかない。エリックはしばらく目をパチクリさせたあと、嬉しそうに笑う。

「ありがとう! 早速食べてもいいかい?」
「うん」

 エリックはケーキを3等分に切り分けて、小皿に分けて乗せたあと、迷わず口に運んだ。マヨネーズとケーキの悪魔のコラボレーションを、平然と飲み込んでいく。幸せそうな笑顔は、まったく崩れない。
 ケーキは、そこそこの大きさはあったから、私たちも食べられるようにということで3等分に分けてくれたのだろうが、私にマヨネーズガトーショコラを食べる勇気はない。ふと、リサを見たら、マヨネーズをフォークでこそぎ落として、エリックのケーキの上に乗せていた。これ以上増やしてどうするの……。

「いやぁ、このマヨネーズとケーキの組み合わせ、素晴らしいよ! 天才的な組み合わせ! こんなに美味しいケーキが作れるだなんて、勇者さまもローザちゃんも、料理の才能があるんじゃないかい?」
「エ、エリック、それ、本気で言ってる?」
「え?」
 私が思わず聞き返すと、エリックがさらに聞き返した。本気のようだ。いつもご飯に大量のマヨネーズをかけて食べている時点で、味覚がおかしいとは思っていたが、私の予想以上だったようだ。
 エリックのマヨネーズ好きにドン引きしていると、私の肩にリサの手がポンと乗せられた。リサはマヨネーズを全て落とした美味しそうなガトーショコラを頬張って、幸せそうな顔をしている。

「ほら、ローザ。言ったでしょ? エリックだから、って」

 エリックとリサの輝くような笑顔を見て、私は引きつった笑みを返した。2人とも、このおかしな食べ物に、まったく疑問を持っていない。
 私はその時、思ったのだ。この偏った食生活を改善させるのは、私の役目だと。エリックがマヨネーズの摂りすぎで、メタボリックなエリック、略してメタボリックになる事は絶対に避けなければならない。
頭の中で、戦いのゴングが鳴り響いたような気がした。この日から、私とマヨネーズの仁義なき戦いは始まったのだ。




「ねえ、ローザちゃん。一生のお願い! 一生のお願いだから、僕にもっとマヨネーズを……」
「だーめ! マヨネーズはもう十分かけたでしょ。それに、一生のお願いってすぐに言う人は信用ならないんだからね!」
「ローザちゃん、いつの間にそんなにシッカリしちゃって……」

 エリックがシクシクと泣きまねを始めるのを、リサは呆れながら見て、ほうじ茶をすすった。バレンタインに、メタボリック回避計画を決意してから、私は食卓の鬼となった。正しくは、エリックに対して鬼になった。
 隙あらば何にでも大量にマヨネーズをかけようとするエリックを制止して、少量にとどめさせるように頑張っている。リサはリサで、ほうじ茶とおせんべいの摂取量がすごいから、ちょっと問題ある食生活のような気がするが、エリックに比べたらマシなので、おせんべいの食べ過ぎの時だけは注意している。

「ねえ、リサ。ほうじ茶やおせんべいは良いけど、野菜も好き嫌いしないで食べなきゃダメだよ」
「うっ」

 私の言葉にリサが青ざめる。自分の皿にある野菜を、コッソリとエリックの皿に移していたのは分かっている。私はエリックの皿に移された野菜を、リサの皿に戻し始めた。そもそも、リサに野菜を移されているのを分かっていて、あんまり何も言わないエリックも悪いのだ。
 野菜を戻す私にアワアワしているリサの隣に、食堂のウエイターさんがジュースを持ってやってくる。
 私がリサの為に注文していたジュースだ。

「お待たせいたしました。野菜ジュースでございます」
「のぉおお!?」

 エリックに加えて、リサもシクシクと泣きまねを始める。これも2人の健康の為なのだ。心は痛むが、2人にはずっと健康でいて欲しい。
 私のお母さんは、私を産むと同時に亡くなったと聞いたが、もともと虚弱だったらしい。外にもあまり出ず、肌の色が白く、身体も細い美しい人だったと、家政婦が言っていた。食べ物も、スープと果物くらいしか食べていなかったそうで、そりゃあ細いわけだと納得だが、虚弱ゆえに食べられなかったのか、食べなかったから虚弱だったのかは分からない。
 儚げで美しいお母さんを、お父さんはとても愛していた。だから、無理やりご飯をたくさん食べさせるようなことはしなかったのだろう。だけど、私はそれは間違っていると思う。私は、大好きな人に、病気なんてしてほしくない。健康でいてくれるなら、私は嫌がられる役割だって引き受ける。

「ローザは、お母さんみたいだね」
「え?」
「ああ、確かにそんな感じだねぇ。ローザちゃんは、将来良いお嫁さんになるよ。いや、でも、ローザちゃんを、そう簡単に嫁にやるわけには……」

 エリックが難しい顔をして何かをブツブツと呟きだす。そんなエリックを見て、リサと顔を見合わせてから思わず吹き出した。
 嫌がられる役割だと思っていたけれど、2人はちゃんと、私が思っていることを分かってくれていた。それだけで、とても嬉しくて、心が温かくなる。私は、私なりのやり方でこれからも2人を守っていきたい。
 ねえ、お父さん、お母さん。天国で見てくれているかしら? 私は今、幸せよ!